チェアリング

座るだけのロックンロール——「チェアリング」で意思を取り戻せ

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会議で空気を読み、多数派にうなずき、ランチは無難に合わせ、出る杭にならないよう暗黙の横並び。みんなと同じなら怒られない。目立たなければ刺されない。処世術としてよくできていると思う。

でも、「自分の意思を通すっていう感覚」最近ありました?

たいていの「決断」には、目の前の顔色や、世間の目や、過去の自分の言い訳が、こっそり混ざっている。純度100%の意思なんて、財布の中の小銭くらい、探すと出てこない!

横並びはラクだ。ラクだから、自分の輪郭が、毎日ちょっとずつ削れていく。気づけば、何がしたかったのかも思い出せない。そうして徐々にバッドに入っていって苦しい。

そんなあなたに、コスパ◎タイパ◎な最高の処方箋がある。

椅子を広げてください。外で。

座るだけのロックンロール

椅子を一脚かついで、「ここがいい」と思った場所に。たったそれだけのことが、想像の十倍は過激で——そして、削れた意思を、ちゃんと取り戻させてくれる。

とはいえ、

「座ればいい」と言われて、はいそうですか、と座れるなら苦労はしない。実際にやろうとすると、これがなかなか、手強い。

いい場所を見つける。木陰のぐあい、風の抜け、ちょうどいい。芝生はやわらかそうで、視界の先で川が光っている。

でも、椅子を広げる手が止まる。

通行人。少し離れたベンチの誰か。マンションの窓の向こうの気配。許可のいる場所じゃない。立て看板もない。法律違反でもない。やってはいけない理由なんて、一つも挙げられない。それなのに、手が止まる。

そして結局、いい場所だなあ、とだけ思って、素通りする。何事もなかった顔で。後ろ髪を引かれながら。

やりたいのに、やらない。やっていいのに、やらない。この小さな見送りを、私たちは一日に何度くり返しているんだろう。

——だから、ある日、決めた。今日は、見送らない。広げる。

脳が、勝手に沸騰しはじめる

椅子を広げた直後の、あのいたたまれなさ。

視線を感じる。実際は、誰も見ていない。みんな自分の用事で忙しいし、他人がどこに座ろうが知ったこっちゃない。頭ではわかっている。それでも、自分だけが場違いな気がする。横一列から、一人だけ前にはみ出したときの、あのヒリつき。

そして、脳が勝手に暴走しはじめる。

変な目で見られてるかも。「ここで何を?」と注意されるかも。管理人が来るかも。さっきの親子、私を避けたよな。あの自転車、二度見しなかったか——。起きてもいないことまで、脳が無制限にシミュレーションして、勝手に沸騰していく。背中が椅子になじまない。座ってるのに、ぜんぜん休まらない。何のために座ったんだ、これは。

この感覚を、私は知っている。

転職を決めたとき。部活を変えたとき。脳の壁が内側から押し迫ってくる、あの感じ。何を失うか、誰にどう思われるか。起こるかもしれないことを脳が描きまくって、勝手に煮詰まる。まだ何も始まってないのに、もうへとへとだ。

でも、あのときも、直感のほうは知っていた。やるべきだ、と。脳がいくら警報を鳴らしても、奥の自分は静かにうなずいていた。そして、やった。

椅子を広げる。たったそれだけの行為の奥で起きていることは、人生の大決断とまるで同じ回路を通っている。リスクの大きさは段違いだ。転職は人生を揺らす可能性があるが、椅子は誰も傷つけない。なのに、脳と体の反応はそっくり。要するにこれは、決断のミニチュアなのだ。

ある瞬間、壁がぶち抜ける

椅子を広げるだけの意思表明

座りきって、数分でふっと、どうでもよくなる。

きっかけは自分でもわからない。風が吹いたのか。缶を開ける音がやけに小さく響いたのか。ただ時間が経っただけかもしれない。とにかく、ある一点を境に、何かが切り替わる。

脳の沸騰が、いつのまにか収まっている。あれだけ走り回っていたシミュレーションが、ぴたりと止まる。あの親子も、自転車も、もうどうでもいい。人目が、すうっと背景に溶ける。さっきまであんなに分厚かった壁が、嘘みたいに消えている。

残るのは、自分の意思でここにいる、という事実だけ。

この切り替わりは、注文しても出てこない。耐えがたいフェーズを、逃げずに、座ったまま、ただ通り過ぎる。そうしているうちに、向こう側に出る瞬間が、必ず来る。

そして向こう側には、はっきりと、快感がある。強張りが大きかったぶん、抜けたときの解放もでかい。あれだけ身構えたのが馬鹿らしくなるくらい、気持ちがいい。

失うものは、何もない

椅子を、広げた。座った。それだけ。

ジムの会員登録もしてない。高い道具も買ってない。資格も取ってないし、師匠もいない。早起きも不要。三日坊主の心配すらない。失うものが、何ひとつない。なのに、この達成感。

世の中の「自分を変える」「自由になる」系の話は、たいてい何かを差し出させる。時間。金。努力。継続。下手すりゃ人生まるごと。でもチェアリングは、何も要求してこない。準備ゼロ。失うものゼロ。なのに、解放だけはやけにでかい。こんなに収支の合わない自己解放は、たぶん他にない。

工程も、準備も、覚悟もいらない。自己をぱっと開いて、椅子を立てる。それで成立してしまう。

大げさに言えば、これは意思表示だ。公共空間のなかに、一時的に、自分の居場所を立てる。座面は、ささやかな旗だ。ここを、いまだけ自分のものにする、という。

横一列を、椅子一脚分だけ抜ける。みんなと同じ、目立たない、並んでいる。その心地よくて窮屈な列から、一脚分はみ出して、わがままを通す。派手な反抗じゃない。武器もない。声も上げない。手にあるのは、折りたたみ椅子が一脚きり。それでも確かに、横並びを超えた達成感がある。

チェアリングはロックンロールだ!

ただし、ギターをかき鳴らして叫ぶロックじゃない。誰とも戦わず、何も壊さず、社会と一体化したまま、自分の意思だけを静かに通す。好きな場所に椅子を置く。たったそれだけのわがままを、派手じゃないやり方で、確かに達成している。

シンプルな行動の奥に、でかいエネルギーがある。

日常に、自分の決断を通す力強さを取り戻すこと。沸騰する脳の壁を、直感を信じて一度だけ抜けてみること。その練習を、椅子一脚で、いつでもやれる。

最初の気まずさは、自由への通行料だ。

それが、椅子一脚分のロックンロールだ。

北山飛鳥
北山飛鳥

今回も最後まで読んでくれてありがとう〜!アウトドアってやっぱりいいよね♪

十条ひかり
十条ひかり

「チェア活!」にはまだまだ楽しい記事がいっぱいあるよ♪気になるものを下から見てみてね!

ABOUT ME
UM@(ゆ~ま)
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遊びキュレーター
これまで買った折りたたみ椅子は40脚以上、毎週首都圏各地でチェアリングをしてます。 椅子一つで人生がちょっと豊かになるかも、な記事を書いています。 【メディアへの出演】 日本テレビ『ZIP!』、FM愛媛『ひめキャン★』、読売新聞のチェアリング特集に出演、WEBメディアで連載他。 感想や連絡、身の上の相談事などありましたら何でもメールください👉 samuraikikaku1@gmail.com

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